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広島高等裁判所 昭和62年(ネ)168号 判決

一六八号事件控訴人 一六七号事件被控訴人(原告) 柿本昭三

一六七号事件控訴人 一六八号事件被控訴人(被告) 広島荷役株式会社

主文

一  原判決主文第二、第三項を次のとおり変更する。

1  一審被告は一審原告に対し、昭和六一年四月一日から昭和六三年八月一九日まで、毎月二五日限り各二九万八二〇〇円、毎年七月三一日及び一二月三一日限り各四四万七三〇〇円並びに右各金員に対する各支払日の翌日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審原告のその余の請求を棄却する。

二  一審被告の本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分しその一を一審原告の、その余を一審被告の負担とする。

四  この判決は主文第一項1につき仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  一審原告

(一)  (1) 原判決主文第二、第三項を次のとおり変更する。

一審被告は一審原告に対し、昭和六一年四月一日から昭和六三年八月一九日まで、毎月二五日限り二九万八二〇〇円、毎年七月三一日限り五三万円、八月三一日限り四六万九八〇〇円、一二月三一日限り五五万〇一〇〇円及び各金員に対する各支払日の翌日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。

(3) 右(1)(金員支払部分)項につき仮執行の宣言

(二)  (1) 一審被告の本件控訴を棄却する。

(2) 控訴費用は一審被告の負担とする。

2  一審被告

(一)  (1) 原判決中一審被告の敗訴部分を取り消す。

(2) 一審原告の請求を棄却する。

(3) 訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。

(二)  (1) 一審原告の本件控訴を棄却する。

(2) 控訴費用は一審原告の負担とする。

二  当事者双方の事実に関する主張は次のとおり改めるほか原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決三枚目裏三行目「によると、」を「により、」と、同四行目「となる。」を「として取り扱われた。」と改め、同四枚目裏九行目「4」の次に「(一)」を加え、同五枚目表二行目終に続き行を変えて「(二)なお、一審被告の昭和六〇年度の決算が赤字であつたとしても、その原因は同年八月代表取締役吉岡栄蔵の退職金八〇〇〇万円を支払つたため生じたもので一時的な現象にすぎず、それが昭和六一年の賞与に影響を及ぼすものではなく、実際にも多い人で四・六か月分もあつたから一審原告についての昭和六一年から昭和六三年までの賞与は、少なくても、昭和五九年の支給実績に基づき、それと同額を支給すべきである。」を加える。

2  同五枚目裏五行目「3」の次及び「4項」の次に各「(一)」を加え、同六枚目表一行目「そして、」を「(二)」と、六枚目表末行目冒頭から同裏一行目終までを次のとおり改める。

「 一審被告は、人件費の高騰を押さえ又荷役会社における以下に述べるような特殊性により労災事故発生率を減少することを目的として、従業員の定年につき、従前の六〇歳を五五歳に短縮する就業規則改正をした。すなわち、

1 (一) 一審被告の従業員中高給である高齢者の占める割合が大きいため、会社の経済上の圧迫が強く、定年を短縮することにより、人件費の負担を軽減することができる。但し、暫定措置を定めるとともに、定年後の再雇用についても認めている。

(二) 一審被告は労災率が他より高く、その災害の原因は作業内容である本船への積卸及び積込の性質上体力と迅速で敏捷な行動が要求されるが、これに適しない高齢の従業員が多いこともその一因である。しかし、本船の入港が不定期で入港すると短期間に作業が終了するため、常時多数の従業員を雇用することができず、作業量に応じ不足する人数の作業員を臨時に雇用し、従業員とともに作業を行わせる必要があり、その際通常は事務をしている者もまたその監督指示等のため、現場作業に従事することがしばしばであつた。従つて、定年を作業職と事務職とに区別して定めることは実際できないばかりでなく、作業職のみを短縮することは不平等取扱となるので、従業員全員につき定年を一律に短縮したものである。さらに、昭和五八年以後の労災事故の発生率が高くなつているが、一般に高齢となるに従い労災事故が多くその態様も重大事故につながり保険給付額が多くなるため、一審被告の負担する労災保険料率が高く、その分だけ経費が増大する結果となるので、その点からも、定年を短縮した。」

3  同六枚目裏二行目「1」、同八枚目表九行目「2」、同裏一行目「3」、同九枚目表一行目「4」を、順次「2」ないし「5」と繰り下げる。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一  一審被告が昭和五九年四月二日就業規則に定める三四条につき労働者の定年を従前の六〇歳から五五歳に短縮する改正を行い(以下「本件就業規則」という。)、その実施の暫定措置の一つとして、課長については昭和四年三月三一日以前の出生者は昭和六一年三月三一日をもつて定年退職する旨定めたこと、一審原告(昭和三年八月一九日生)が昭和四三年三月二五日海上運送業を営む一審被告の従業員として入社し、経理課長を経て総務部総務課長(この点は成立に争いのない甲第九号証により認められる。)であつたところ、本件就業規則改正及び暫定措置により、一審被告から昭和六一年三月三一日限り定年退職となつたとして、その後従業員としての地位ないし雇用関係が否認されていることは当事者間に争いがない。

二  本件就業規則改正の効力について検討する。

1  各成立に争いのない甲第六号証の一、二、乙第一号証の一ないし三、乙第五、第六、第九、第一〇ないし第一二号証、原審における一審原告本人尋問の結果によつて欄外等部分の成立が認められその余の部分の成立について争いのない甲第二ないし第五号証、原審及び当審証人西村昌之、原審証人諏田光司(但し、各証言中各一部認定に反する部分を除く。)の各証言、原審における一審原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  一審被告は、アメリカ、ソ連などより入港した船から木材を積み卸したり、輸出向けの船に自動車を積み込むなどの港湾荷役作業が主たる業務内容である。右作業の性質上作業に当る労働者には、体力と敏捷な行動や相当の熟練を要するところ、右目的の船舶の入港が不定期でその荷役作業が二、三日の短時日で行われ終了することが多いため、一審被告の荷役作業に従事する全労働者の六〇パーセントは臨時雇用の港湾労働者で賄われ、残り四〇パーセントにあたる約七五ないし八〇名が常時雇用の労働者であつて、これらの者が本件就業規則の適用の対象となつている。

(二)  一審被告は、五五歳以上の高齢の労働者について、労災事故発生率が高く、重大事故となることが多く、その結果一審被告が支払うべき労災保険の料率が高くなるので、その事故の発生を減少させ保険料率を下げて経費を節減すること、右高齢の労働者が作業能力が衰えたのに高給を維持し人件費増大の一因となつているので、その経費を節減し、その分で若年労働力を多く雇用し売上を向上させ、人件費を売上高の三〇パーセント以内に抑制することを目的として、従前の労働者の定年六〇歳を五五歳に短縮する本件就業規則改正をした。その暫定措置として前記一などを定めた。

(三)  右改正にあたつては、一審被告は労働者の過半数の者から諸労働条件に関する協定を一審被告と締結するについて労働者代表として選出(組合が未組織のため各労働者から直接選出)された橋本義治から、本件就業規則改正に賛成する旨の書面の提出をえて改正し、労働基準監督署にこれを添えて届出した。

(四)  一審被告は労働基準監督署から他の同種企業に比較し労災事故の発生率が高いので善処するよう指導を受けていたが、その労災事故の発生状況は、昭和五四年一月から昭和五八年一二月まで五か年間の内訳では、事故種類別(五か年)が別表一、同(年度別、年齢別)が別表二、昭和五五年から昭和五八年の事故発生率(年度別、年齢別)が別表三、昭和五六年から昭和五八年までの職種別件数が別表四、負傷個所別件数が別表五のとおりであり、そのうち、昭和五六年から昭和五八年までの間事件件数六〇件のうち三六件(別表四)が、昭和五九年度では六件中三件、昭和六〇年度では七件中四件(甲第四、第五号証)がいずれも臨時雇用労働者であり、また、昭和五四年から昭和六一年までの労災保険料率が別表六のとおりである。

(五)  一審被告は昭和五九年度と昭和六〇年度決算において損失を掲上した。そうして、一審被告の昭和五四年度から昭和六〇年度にいたる売上対直接人件費比率は別表七のとおりであるが全常時雇用労働者中五五歳以上六〇歳未満の人数は常時平均六人強(別表三)にすぎない。そうして直接の人件費の内訳、比率は別表七のとおりであるが、そのうち日雇労務費を除く内訳、五五歳以上六〇歳未満の内訳は明らかではない。

以上のとおり認められ、一部右認定に反する原審及び当審証人西村昌之、原審証人諏田光司の各証言の一部はにわかに信用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

2  ところで就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、それが合理的な労働条件を定めているものである限り経営主体と労働者との間の労働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、その法的規範性が認められるに至つている。そこで、このような就業規則の変更によつて労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されないと解すべきであるが、就業規則が労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定をすることを建前としているので、その規則条項の変更が合理的なものである限り、個々の労働者においてこれに同意しないことを理由としてその適用を拒否することは許されない反面、その合理性が存在しない場合その就業規則条項は効力を生じないものと解するのが相当である。

前記認定事実によると、本件において、従前の就業規則が労働者の定年を六〇歳と定めていた規定を五五歳に短縮することは、労働者が従前の就業規則によつて、解雇など特段の事由がない限り、六〇歳まではその意思に反して退職させられないという労働者の既得権を奪い、労働者に不利益な労働条件を課するものというべきである。そこで、本件就業規則改正に合理性があつたかの点についてみるのに、一審被告は右改正の目的は、五五歳以上六〇歳未満の労働者の労災事故発生率が高くその事故が重大事故になることが多くその結果一審被告の労災保険料率が高くなること、及び、右年齢の労働者はその労働能力が衰えたのに高給を維持しているので人件費を節減する必要があり、これを定年短縮により経営を改善することにあるという。前記認定事実中別表三によれば一審被告においては五五歳以上の労災事故発生率が三九名中一四件(三五パーセント)であり、五四歳以下のそれが四四九名中七二件(一六パーセント)であることが明らかであるが、右労災事故の発生には臨時雇用労働者の事故が多発していることも明らかである。そしてこれら臨時雇用労働者についてはもともと、定年制の適用がない。そうだとすると定年の短縮によつて労災事故の減少という目的を達するには十分でないといわなければならない。また、前記認定事実によれば一審被告の売上に対する人件費の占める割合が昭和五四年以降高騰していることが明らかであり、昭和五九年ないし昭和六一年度決算において欠損を掲上しているが、一審被告の常用労働者中右年齢の労働者は常時平均六人強にすぎず、右認定事実によればそれらの者の人件費の占める割合は全人件費中の低い割合と考えられ、定年の短縮により全人件費を節減し経営改善を図るという一審被告の意図は到底達せられるものとはいえない。

それ故、一審被告のした本件就業規則の改正は、二年間の経過措置の定めがあることを考慮しても定年を短縮することには合理性があると断定することはできず、本件就業規則に異議を述べている一審原告に対しては前記説示により、その効力を生じないものといわなければならない。

三  したがつて、一審原告は昭和六一年四月一日以降従前の就業規則三四条に定める六〇歳の定年退職の日である昭和六三年八月一九日まで一審被告の従業員としての地位を有し、本件口頭弁論終結の日である昭和六三年五月一三日においてはなおその雇用関係が存在するものであり、一審原告の本訴請求中、雇用関係存在確認請求は理由がある。

四  給与及び賞与について

1  一審原告の昭和六一年三月三一日現在の給与月額が二九万八二〇〇円であることは当事者間に争いがない。

2  各成立に争いのない乙第一三ないし第一八号証、原審及び当審証人西村昌之、原審証人諏田光司の証言、原審における一審原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

昭和六〇年の賞与は、一審原告の場合同年七月(夏季)に五三万六八〇〇円、同年八月(期末)に二〇万円、同年一二月(冬期)に二九万八二〇〇円であつた。しかし、一審被告においては昭和六一年の賞与につき八月は支給されなかつたが、一審原告より基本給が少なくこれに近い数人の場合いずれも七月及び一二月に、ほぼ二か月分ずつ、全労働者(常用)平均各一・五か月分が支給され、昭和六二年もほぼ同様の支給率であつた。

以上のとおり認められ、これを左右する証拠はない。

右認定事実によると、一審原告の昭和六一年四月から昭和六三年八月一九日まで各年七月及び一二月の各賞与は、右支給状況からみて、少なくとも、全労働者の平均支給率各一・五か月分の四四万七三〇〇円ずつが支払われるべきであつたと認められる。

3  したがつて、給与及び賞与として、一審被告は一審原告に対し昭和六一年四月一日から昭和六三年八月一九日まで給与支払日の毎月二五日限り二九万八二〇〇円、遅くても支払期日の到来する毎年七月三一日、一二月三一日各四四万七三〇〇円及びこれらの各金員に対する各支払日の翌日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。一審原告の本訴請求中全員支払部分については右の限度で理由があり、その余は理由がない。

五  以上のとおりであるから、金員支払部分につきこれと異なる原判決は一部相当ではないので、原判決主文第二、第三項を右のとおり変更することとし、一審被告の本件控訴は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村捷三 高木積夫 池田克俊)

別表一

事故種類別(五か年)

年齢別

種別

54/1~58/12(5ケ年間)年齢別

割合

45才未満

45~54才

55才~59才

60才~64才

65才以上

転倒

13

10

3

1

27

24%

転落

3

5

1

9

8

荷崩れ

8

1

9

8

はさまれ

14

4

1

19

17

飛降り

2

2

4

3

その他

23

11

6

2

1

43

38

通勤災害

2

1

3

2

65

(57%)

34

(30%)

11

(10%)

3

(2%)

1

(1%)

114

100

100

別表二

事故種類別(年度別,年齢別)

年度

年齢区分

災害種類別

各年度計

転倒

転落

荷崩れ

はさまれ

飛降り

その他

通勤災害

58

45才未満

1

2

1

2

1

7

45才~54才

1

1

1

3

55才~59才

1

2

3

60才~64才

0

65才以上

0

13

57

45才未満

3

3

3

1

10

45才~54才

3

1

1

2

7

55才~59才

2

2

60才~64才

1

1

65才以上

0

20

56

45才未満

4

2

6

5

17

45才~54才

4

1

1

2

8

55才~59才

2

2

60才~64才

1

1

2

65才以上

0

29

55

45才未満

3

1

1

1

4

10

45才~54才

1

2

3

1

3

10

55才~59才

1

1

1

3

60才~64才

0

65才以上

1

1

24

54

45才未満

5

2

3

2

9

21

45才~54才

1

2

3

6

55才~59才

1

1

60才~64才

0

65才以上

0

28

合計

27

9

9

19

4

43

3

114

別表三

事故発生率(年度別,年齢別)

55年

56年

57年

58年

合計

人員

件数

人員

件数

人員

件数

人員

件数

人員

件数

45才以下

76人

10件

102人

17件

92人

10件

91人

7件

361人

44件

12.2%

46才~54才

18

10

21

8

24

7

25

3

88

28

31.8

55才~59才

8

3

4

2

6

2

7

3

25

10

40.0

60才~64才

3

2

3

1

1

0

7

3

42.9

65才以上

2

1

2

0

1

0

2

0

7

1

14.3

合計

104

24

132

29

126

20

126

13

488

86

17.6

別表四

職種別件数

いかだ

船内

沿岸

オペレ

ーター

倉庫

臨時

職員

合計

56年

9

4

0

1

1

12

2

29

57年

0

6

0

0

0

13

0

19

58年

0

0

0

0

0

11

1

12

合計

9

10

0

1

1

36

3

60

別表五

負傷個所別件数

顔歯

腰背

合計

56年

10

15

1

0

2

0

1

29

57年

4

7

1

0

3

4

0

19

58年

4

6

0

1

0

0

1

12

別表六

労災保険料率

(1000分)

貨物取扱事業

港湾貨物取扱事業

沿岸荷役事業

船内荷役事業

標準

一審被告

標準

一審被告

標準

一審被告

標準

一審被告

54年

20

18.00

27

19.70

40

32.45

75

56.25

55年

20

19.90

27

34.75

40

50.95

75

95.50

56年

20

16.20

27

37.40

40

55.60

75

104.60

57年

20

15.25

27

37.40

40

55.60

75

104.60

58年

20

14.30

27

37.40

40

55.60

75

104.60

59年

20

18.10

27

37.40

40

55.60

75

104.60

60年

20

16.20

27

37.40

51

71.00

51

71.00

61年

20

15.25

29

40.20

56

78.00

56

78.00

別表七

売上対直接人件費比率

(単位千円)

年度

売上

一般管理費

人件費

比率

作業員

人件費

比率

日雇労務費

比率

人件費合計

比率

54年

1,475,502

137,728

9.3

182,010

12.3

100,247

6.8

419,985

28.5

55年

1,836,857

162,896

8.9

209,162

11.4

170,867

9.3

542,925

29.6

56年

2,268,284

189,499

8.4

236,355

10.4

217,290

9.6

643,144

>28.4

57年

2,501,448

227,735

9.1

242,623

9.7

218,096

8.7

688,454

27.5

58年

2,386,395

259,015

10.9

257,021

10.8

255,455

10.7

771,491

32.3

59年

2,324,214

262,096

11.2

265,613

11.4

214,938

9.2

742,647

32.0

60年

2,552,983

262,948

10.3

283,593

11.1

245,074

9.6

791,615

31.0

合計

15,345,683

1,501,917

9.8

1,676,377

10.9

1,421,967

9.3

4,600,261

30.0

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一、被告と原告との間に雇用契約関係が存在することを確認する。

二、被告は原告に対し、昭和六一年四月から昭和六三年八月一九日まで毎月二五日限り金二九八、二〇〇円、毎年七月三一日、一二月三一日限り各金二九八、〇〇〇円および右各金員に対する各支払日の翌日から支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

三、原告のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

五、この判決は第二項に限り、原告において金一、五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

一、請求の趣旨

1 被告と原告との間に雇用契約関係が存在することを確認する。

2 被告は原告に対し、昭和六一年四月から昭和六三年八月一九日まで、毎月二五日限り金二九八、二〇〇円、七月三一日限り金五三〇、〇〇〇円、八月三一日限り金四六九、八〇〇円、一二月三一日限り五五〇、一〇〇円及び右各金員に対する各支払日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1 被告は肩書地に本店を有し、海上運送事業等を目的とする会社であり、原告は昭和三年八月一九日生れで、被告会社には昭和四三年三月二五日入社し、総務部経理課、同経理課長の職を経由し、総務部に所属していたところ、被告会社は、原告に対し昭和六一年三月三一日付をもつて、就業規則により定年になつたとして、以後原告との雇用契約関係を否認している。

2 被告には昭和四五年に作成された就業規則(以下旧規則という)があり、その第三四条には定年の定めがあつて、「従業員の定年退職は満六〇才とする。但し会社が必要と決めた者は、再採用することができる。」旨規定されていたところ、被告は昭和五九年四月二日付を以て定年に関する部分を変更し、第三一条に於て定年を五五才に短縮し、暫定措置として二か年の据置期間を別に社内運用規定を設定し、別紙の通り職種、職階による定年を設けたが、それによると、原告は昭和六一年三月三一日を以て、定年退職となる。

3 しかしながら右就業規則(以下新規則という)は、以下述べる理由により無効である。

(一) 就業規則の変更については、労働基準法第九〇条に於て労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならないことになつているが、本件新規則の変更について被告は、定年を従来の六〇才から五五才に変更するという内容をいわずに、単に代表者を定めるからといつて従業員の印をとり、代表者として総務部所属の橋本義治の賛成意見を附して、広島労働基準監督署に提出したのであつて、実質的に変更の内容を従業員に知らせずになしたものであり、原告に対しても本年七月一一日に初めて右変更を知らせたのであつて、無効である。

(二) 被告は定年を短縮した理由として高年齢者の労災事故の割合が多いといつているが、過去五か年間の被告会社に於ける労災事故の統計によつても一番多いのが四五才未満の五七パーセントで、二番目が四五才以上五四才以下の三〇パーセントで、本件定年短縮の対象年齢とされた五五才以上五九才以下は一〇パーセントであつて、決して高年齢者の労災事故の割合が他の低年齢者と比較して多いということは云えず、その変更の理由の内容が間違つているから無効である。

(三) 本件のように、就業規則を労働者に不利益に変更するのは原則として無効であるが、合理的理由があれば例外として許されるとされている。

然しながら、本件就業規則の変更には、右に述べた通り、何等合理的理由がないから無効である。

4 原告の昭和六一年三月現在の給料は月額二九八、二〇〇円その支払期日は毎月二五日、昭和五九年度一時金は夏季が五三〇、〇〇〇円で七月六日、期末が八月二五日で四六九、八〇〇円、冬季が五五〇、一〇〇円で一二月一〇日支払であつた。

5 よつて、原告は、被告に対し、

(一) 被告と原告との間に雇用契約関係が存在することの確認を

(二) 昭和六一年四月から昭和六三年八月一九日まで毎月二五日限り金二九八、二〇〇円、七月三一日限り金五三〇、〇〇〇円、八月三一日限り金四六九、八〇〇円、一二月三一日限り五五〇、一〇〇円および右各金員に対する右各支払日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を

それぞれ求める。

二、請求原因事実に対する認否

1 請求原因1、2項の事実は認める。

2 同3項は争う。後記主張のとおり新規則は有効である。

3 同4項は認める。

なお、原告への一時金は、確かに昭和五九年七月(夏季)は五三〇、〇〇〇円、八月(期末)は四六九、八〇〇円、一二月(冬季)は五五〇、一〇〇円が各支給されているものであるが、その後の支給状況については、同六〇年七月(夏季)は五三六、八〇〇円、八月(期末)は二〇〇、〇〇〇円、一二月(冬季)は二九八、二〇〇円であつた。そして、現在、被告会社においては業績不振等のため従業員に対する一時金支給金額も年々減少している状況であつて、仮に原告が昭和六一年四月一日以降被告会社に在籍していたとした場合、原告に対する一時金支給金額は、七月(夏季)は一カ月程度の二九八、二〇〇円であり、八月(期末)に至つては他の従業員同様全く支給されなかつたものである。従つて、仮に原告が被告会社に在籍していたとしても原告への一時金支給金額はこの金額を超えるものではないのである。

三、被告の主張

新規則は荷役会社における次のような特殊性よりして合理性があり有効なものである。

1 荷役会社における作業の特殊性について

まず、被告会社における荷役作業の内容は、主として自動車の本船荷役、木材の本船荷役及び筏作業とに大別されるが、いずれも作業員の生命身体に危険を及ぼす虞れのある作業であり、俊敏な行動が要求される。

(一) 自動車の本船荷役

これは、自動車の船における積荷作業である。船体の構造等により作業方法が異なるため柔軟な対応が必要とされ、特にリフトオン船(非専用船)の積荷作業の場合には、自動車をリフトによつて持ち上げる方法で積荷作業を行なわざるを得ず、安全迅速な作業のためにはウインチマン、デツキマン、沿岸玉掛者、船内作業者及びドライバー等各作業員の統一ある行動が必要とされ、俊敏な動作が不可欠である。

(二) 木材の本船荷役

木材の船における揚荷作業である。これは、木材という一本当たり五トンの重量を有し、かつ細長く不安定な物件をクレーンで持ち上げて行なう非常に危険な作業であつて、ウインチマン等各作業員の統一ある行動が必要とされるのは勿論のこと、更にクレーンが降した木材につき、後述の筏作業とか木材を重機によつて運搬する土場取重機作業等との複雑な共同作業が加わるため、より一層俊敏かつ統一のとれた行動力が必要とされるのである。

(三) 筏作業

これは船より海上に降された木材を筏に組み、目的地に運搬する作業である。本船荷役との共同作業である点において生命身体への危険性があること前述のとおりであるが、筏を組み運搬する作業自体についても、得意先によつて木材の材種・作業内容も異なり、作業人員も一人作業から一〇人前後のチームを組んでの作業まで千差万別であり、しかも足場の不安定な海上での作業ということもあつて一歩間違えれば転落・流木等の災害の発生する危険性も大きく、作業員の俊敏かつ統一のとれた作業が必要不可欠となるのである。

(四) 以上のように、被告会社における荷役作業内容は、いずれも取扱う物件が巨大な自動車、木材であり、しかもその作業方法が作業員の生命身体に危険性ある内容であるため、作業員の俊敏な行動力が必要不可欠であるという特殊性を有する。

2 労災事故発生率について

昭和五五年から同五八年までの四年間における年齢別労災事故発生率は別表1のとおりである。

3 以上のように、荷役会社における作業は、危険性を伴い作業員の俊敏な行動が要求されるところ、行動能力の低下した高齢者の場合には迅速な作業に対応できず、労災事故の発生率も高くなつている。

被告会社は、右のような事情より労災事故の減少を企図して定年を五五歳に短縮したものであり、また、他の荷役会社においても五五歳定年制が通常であつて権衡上特に低きに失するものではないこと、本件定年制短縮については経過措置の定めがあること及び定年後の再雇用の途もあること等からすれば、本件定年制の短縮は十分合理性あるものである。

4 被告会社は、就業規則の変更につき、労働基準法九〇条の定めに則り、従業員代表者橋本義治の賛成意見を付してこれを広島労働基準監督署に提出し、原告に対して昭和六〇年七月一一日、原告が同六一年三月三一日付をもつて定年退職となる旨通知した。

尚、被告会社は本件就業規則変更の一年前、即ち昭和五八年四月一日、当時の代表取締役古岡栄蔵が定例の朝礼において、定年を満五五歳に変更する予定であることを発表しており、原告も定年が短縮される事実はこれを知悉していたものである。

また、就業規則の変更等につき会社と交渉を行なう従業員の代表者については、毎年一月にこれを従業員より選出させているのであつて、昭和五九年に限つて選出させたものではなく、勿論被告会社が本件就業規則変更のために従業員の代表者を選出させたものでもない。因に、右橋本義治は昭和五七年より同五九年迄三ケ年間従業員代表者に選出されている。

そして、被告は右従業員代表者の意見を付して、就業規則の変更を広島労働基準監督署に提出したのであつて、労働基準法九〇条に何ら違反するものではない。

四、被告の主張に対する原告の反論

1 被告会社は、本件就業規則変更の一年前、即ち昭和五八年四月一日、当時の代表取締役古岡榮蔵が定例の朝礼において、定年を満五五才に変更する予定であることを発表しておるから、原告も定年が五五才に変更になることは知つていたと主張される。然しながら、会社側から右のようなことを言われたのはその一回きりで、その後は一切なく、その内容も「現行定年制を六〇才から五五才に短縮する。但し、二年間は凍結する。該当者は上司に相談するよう。」との話しであつて、現に実行された内容とは異なる。

原告は、右会社側の発表があまりにも突然且つ一方的なものであつたから、その後数日に亘り、会社の担当者である西村総務部次長、藤本総務課長等に事実の確認を求めたところ、同人等は取締役会の議事録もなく、労働基準監督署に対する就業規則の変更届もなく、過年数を代表する労働者の代表を選出したこともなくそれについての同意を求めたこともないので、会社側の発表を否定し、それを取り消す旨再三述べている。

2 被告会社の従業員の構成は、総人数(但し日雇を除く)が約一三〇名で、その内一般事務職は約六〇名で全体の約四六パーセントを占めているが、これらの人達は被告が主張する荷役会社における作業の特殊性と殆ど関係がない。現に原告は入社以来現在迄総務部所属の事務系の仕事のみ従事しているのであつて、これに該当しないこと明らかである。

のみならず、被告の主張する会社の労災事故発生率は次に述べる通り、会社の主張とは異なる。即ち、件数は昭和五七年二〇件、昭和五八年一三件、昭和五九年六件、昭和六〇年七件と減少傾向にあり、その内訳をみると、昭和五七年二〇件の内、従業員六件、日雇一四件、昭和五八年一三件の内、従業員二件、日雇一一件、昭和五九年六件の内、従業員三件、日雇三件、昭和六〇年七件の内、従業員三件、日雇四件、総計従業員一四件、日雇三二件であり、従業員より日雇の方が遥かに多い。

従つて実際的には定年制の適用のない日雇労務者を含めて事故発生率が高いから定年を五五歳に短縮するというのは無意味であつて、被告が主張するように高齢者に事故が多いというなら、日雇労務者を雇い入れる時若年労働者を優先雇用すればよいのである。

3 以上、いずれの理由によるも、被告の主張はまつたく合理性がない。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、請求原因1、2項の事実は、当事者間に争いがない。

二、右によれば、原告につきその定年は、旧規則では、満六〇才であつたところ、新規則によれば原告については満五七才と短縮されることとなりこれは労働者である原告に不利益な変更といわなければならない。

右のように、使用者が就業規則の変更によつて、労働者に不利益な労働条件を課することは、原則として許されないが、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されないと解されるところであり、そしてその合理性については、使用者において主張立証すべきものと解すべきである。

そこで以下新規則が合理的であるか否かについて判断する。

1 成立に争いのない甲第六号証の一、二、乙第一号証の一ないし三、第五ないし第九号証、証人西村昌之の証言により真正に成立したものと認める乙第二ないし第四号証、証人西村昌之、同諏田光司の各証言、原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告会社は海上運送事業を目的とする荷役会社であるが(以上の事実は当事者間に争いがない)、その荷役作業の内容は、主として自動車の本船荷役、木材の本船荷役、筏作業に大別される。そしていずれも取扱う物件が巨大な自動車、木材であり、作業方法が作業員の生命身体に危険を及ばすものを包含しているものである。

(二) 被告会社の昭和五五年から同五八年までの四年間における年令別労災事故発生率は、別表1のとおりである。

(三) 被告会社は昭和五九年四月に、過去五年間の労災事故の分析の結果、高年令者の被災者が占める割合は全体の四三パーセントに達しており、労災事故の減少を企図するものだとして定年を短縮したものである。

(四) 被告会社には、右当時約一三〇名従業員がおり、その内一般事務職は約六〇名でその余は作業職であつた。その外被告会社の作業に従事するものとして日雇労務者がおり、これには定年制の適用はなく、また雇い入れの際高令者についても区別することなく受入れていた。

(五) 被告会社の昭和五四年度から昭和六〇年度にいたる売上対直接人件費比率は別紙2のとおりであり、昭和五四年から昭和六一年にいたる労災保険料率については別表3のとおりである。

(六) 被告会社は、定年の短縮については暫定措置を講じているほか、その裁量により定年後に再雇用される者もいる。

三、以上の事実の下に、新規則の合理性について判断する。

1 前判示の事実によれば、被告会社においては、五五才以上の労災事故の発生率が低年令層に比して高率である。しかし、前記の各証拠によれば、これには日雇を含んでいる数字であり、事故発生はむしろ日雇に多いものと認められる。そして前示のとおり日雇については、定年制の適用がなく、被告会社も新規則制定後も、日雇は五五才を超える者をも雇い入れざるを得ない実情にある。したがつて右の点において、すでに被告の意図した労災事故の減少という目的に副うものであるかについて十分でない点がある。

2 前記によれば、被告会社の人件費率が会社の目標より高騰化していることが明らかであるが、もともと被告の就業規則の変更は労働災害率の悪化を防止することにその目的があり、右短縮による果していかなる改善があるかについては、これを認めるに足りる証拠はない。また被告会社が労災事故の改善の外に、経営改善のために、定年の短縮を行なわなければならないほどの業績が悪化したとの点についてはこれを認めるに足りる証拠はない。

3 被告会社の前記労務の特殊性については、作業職については妥当するが、原告のような事務職については妥当しないものと判断せざるを得ず、また労災事故の発生についても前記殆んどが労務職によるものであつて、事務職のみについては、その統計がない。したがつて、事務職について定年の短縮により、労災事故率が低下するか否かについては不明というほかない。

以上を綜合して考えると、新規則については、二年間の経過措置の定めがあり、定年後に再雇用の途があることを考慮しても作業職についてはともかく、原告の如き事務職において定年を短縮することには、直ちに合理性があると断定することはできず、新規則について異議を述べている原告(原告本人尋問の結果により認める)に対して、合理性があるとして新規則を適用することは許されないものというほかはない。

四、以上によれば原告は昭和六一年三月三一日以降も、なお被告の従業員としての地位を有しているものといわなければならない。

そこで以下金員請求について判断するに請求原因4項の事実は当事者間に争いがない。

被告会社の一時金の額について検討するに証人諏田光司の証言によれば、六〇年七月(夏季)は五三六、八〇〇円、八月(期末)は二〇〇、〇〇〇円、一二月(冬期)は二九八、二〇〇円であつたが、六一年七月は二九八、二〇〇円、八月(期末)は支給されなかつた事実が認められる。

そうすると、原告の一時金請求については、七月(夏季)および一二月(冬期)につき各二九八、二〇〇円の支払を求める限度で理由があるがこれを超える部分は理由がない。

五、よつて、原告の本訴請求は、被告に対し

(一) 被告と原告との間に雇用契約関係が存在することの確認

(二) 昭和六一年四月から昭和六三年八月一九日まで毎月二五日限り金二九八、二〇〇円、七月三一日、一二月三一日限り各二九八、二〇〇円および右各金員に対する支払期日の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払

を求める限度で理由があるからこれを正当として認容し、その余は理由がないから、失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

別紙・別表1~3〈省略〉

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